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運動も勉強もダメだった僕の中学受験体験(2)
先日、『清須会議』を観ました。いやぁ、面白かったです。配役がまた素晴らしいんですよね。この武将にはこの人しか無いだろうというくらい。ただ、笑いのベースがとてもマニアックな気がします。きっと登場する武将たちについての知識がかなり無いと笑えないはずです。監督の三谷幸喜さんは、そのあたりは十分承知のうえで作られているのでしょうね。知識があると同じ人生の中でも「笑う」回数が増える、そんなことを改めて思った塾長です、みなさんこんにちは。


そんな塾長の小学4年生が終わる頃、両親から中学受験をしないかという話しを持ちだされたのでした。それまで勉強もそんなにできるほうではなかったのですが、いっさい習い事をせずに日々あちこちで遊んだり本を読んだりした経験と、学校で習うことが頭のなかでうまくリンクし始めていて、成績はどの科目も急上昇していたのです。

 
「野球チームであなたのことをいじめた先輩たちを勉強で見返してやりなさい。」
母のこの言葉が私を決心させました。

 
別にとくに行きたい中学校があったわけではありません。ただ、部活中心の公立中学校に行けば、またあの野球チームでのいじめられた経験がふたたび繰り返されるかもしれないという恐怖感がありました。そこに、ある種の「復讐」という強い動機付け。これがなければ、これから始まろうとしている過酷な中学受験勉強の2年間は乗り越えられなかったかもしれません。



 
小学5年生になり、守谷町に引っ越した私は、戸頭駅からひとりで電車通塾を開始しました。当時、中学受験ではもっとも勢いがあった塾を選びました。最寄りの教室でも我孫子。講習時は松戸まで通いました。今でこそ通塾は親御さんによる自動車送迎が主流ですが、当時は、みんなひとりで電車通塾するのが当たり前でした。もちろん、いろいろなトラブルや事件には巻き込まれるのですが、子どもも親たちも社会にでるとはそういうものだという共通認識があったので、ことさら大きな騒ぎになることはありませんでした。

 
授業は17時から21時まで週3回。これでもいちばん授業数が少ないコースでした。21時に授業が終わっても、そのあと1時間近く補習が入ることも珍しくありませんでした。そうなると常総線はすでに最終便なんてことも。それでも、塾がある日は楽でした。きつかったのは、塾がある日の前の日でした。たいてい宿題が終わらず、夜中の2時までやって、仮眠をとって朝の5時に起きてなんとか終わらせるという日もありました。夏期講習や冬期講習では1日8時間の授業が毎日。夏季合宿では3日間3時間睡眠で勉強をしつづけるなんてこともやりました。

 
それでも、「塾をやめたい」とか「受験をやめたい」とはまったく思いませんでした。それは、いじめられながらスポーツをやるという体験に比べれば、受験勉強なんてはるかに天国だったからです。じっさい、塾の授業は楽しかったですし、塾の仲間たちも楽しかったのもあります。いまだに当時の先生方やクラスメートの名前を覚えているくらいです。


 
中学受験の辛さは、じつは、こうした勉強のハードさではありません。じつは、中学受験特有の辛さがあります。どうにも、こうにも、これには私も悩まされました。泣きました、何度も。それは・・・・

 
(つづく)
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